歴史
1501年(文亀元年)頃 – この地域に人が移住し、椿村が成立。
1889年 明治22年 7月1日 町村制により椿村発足。
1897年 明治30年 4月1日 田 同日椿村は廃止される。
1971年 美山町が行った集落移転事業により、旧・椿村の全住民が集団離村している。
そのため、2022年現在も住民はいない。
ウィキペディア引用

椿と彫られたこの木に込められた集落愛を凄く感じました

集落は、生活感を残したまま、静かに時を刻んでいます。
でも、明日にでも動き出しそうな・・・。

集落には67軒もの人家が軒を連ねていたようで、
これだけの数の家族が暮らしていたのならば、
子供も多く、山の中とはいえ、笑い声や賑わいが絶えない時もあったんでしょう
そんな時を想像しながら歩くのが、なんとも楽しいんです

阿賀多神社(縣神社)
村の入り口にある碑には阿賀多神社とあるが、神社入口にある石柱には縣神社とある。
境内には手水舎、賽銭箱、狛犬、拝殿、本殿などが朽ちつつはあるものの、現存している。
当時は、想像でしかないが、村民による祭りなども行われ、
子供たちがはしゃいでいたのではないでしょうか?

そんな、姿を狛犬様は、ずーっと見続けてきているのか、
これからも、この土地を守り続けて頂ける・・・・。





神社から、村へつながる道を通って、建物がある場所へ

いろいろな人工物が、まとめて放置されています


村の中の道は、荒れ果てるでもなく
しっかり残っているので、人は来ているように思います。
この道を駆けて行って、子供たちが家に帰っていったんかなぁ。
当時は、窓からご飯を炊く煙が出ていたり 魚を焼く匂いもしていたのかもしれない。

やっぱり 水が無いと生きていけないので
集落は川の周りで繁栄していきますよね ←勝手な推測w

人が暮らしていたであろう痕跡の残る場所 【廃村】
今まで、何十年も残っていて、朽ち方が美しく見られるのも、
あと何年か・・・・。
最後は、自然に還っていき、語られるのみになっていくのかな
コメント